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2026年9月25日 · 約5分

同じスピード違反でも、年収で罰金が変わる。フィンランドの「日額罰金」

「同じ違反=同じ金額」は、本当に公平なのか。フィンランドは約100年前から別の答えを試している。

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Dutch police car patrols busy street in Amsterdam with people and bicycles in the background.

同じ違反でも、罰金が同じとは限らない

日本で交通違反の反則金を考えると、「この違反なら○円」という固定額を思い浮かべる人が多いだろう。ところがフィンランドには、同じ種類・重さの犯罪でも、払う金額がその人の収入によって変わる「日額罰金(day-fine)」という仕組みがある。

考え方はシンプルだ。まず違反や犯罪の重さに応じて「何日分の罰金か」を決める。次に、その人の支払い能力から「1日分はいくらか」を計算する。最後に、この二つを掛ける。

だから、同じ数の日額罰金を科されても、低所得者と高所得者では最終的な金額が大きく違う。罰金を「全員から同じ金額を取るもの」ではなく、「できるだけ同じ痛みになるよう調整する罰」と考えているのだ。

罰の重さと、財布への痛みを分けて計算する

フィンランド警察の現在の計算方法では、日額罰金1日分は、基本的に月の純収入から基礎生活費として255ユーロを差し引き、その残りを60で割って算出する。最低額は1日6ユーロ。扶養する家族なども計算に影響する。

一方で、「何日分にするか」は犯罪の重さによって決まる。Statistics Finlandによれば、通常の日額罰金は1日から120日までで、複数の犯罪をまとめる場合は最大240日になることがある。

つまり制度は二つの質問を別々に扱う。「どれくらい悪い行為だったか」と「その人にとって、いくらならその重さを持つか」だ。

例えば同じ20日分でも、1日6ユーロなら120ユーロ。一方、1日500ユーロなら1万ユーロになる。犯罪の評価が同じでも、ユーロ表示の金額は同じではない。

なぜそんな制度にするのか

固定額の罰金には分かりやすさがある。しかし、同じ1万円でも、その意味は人によって違う。

生活費ぎりぎりの人にとって1万円は食費や家賃に響くかもしれない。一方、非常に高い所得を持つ人にとっては、行動を変えるほどの負担にならない可能性がある。

日額罰金は、この差を「支払い能力」で調整しようとする。フィンランドでは1920年代から続く考え方で、罰金の金額を単なる価格ではなく、制裁として機能させることを重視してきた。

ここで重要なのは、「お金持ちだから悪い」という制度ではないことだ。違反の重さを決める部分と、金額を決める部分を分け、同じ重さの制裁を所得の違う人にもできるだけ等しく感じさせようとしている。

スピード違反が10万ユーロを超えることもある

この制度が世界的に注目されるのは、ときどき驚くほど高額な罰金が生まれるからだ。

2023年、フィンランド領オーランド諸島で、制限速度50km/hの区間を82km/hで走った実業家に12万1,000ユーロの罰金が科されたと報じられた。彼は過去にも高額な速度違反罰金を受けていた。

ただし、すべての軽い速度超過が収入連動になるわけではない。フィンランド警察によると、自動交通監視で速度制限を20km/hより大きく超えるなど、交通犯罪として日額罰金の対象になるケースで所得が金額に反映される。軽微な違反には別の固定的な制度もある。

「フィンランドでは1km/hオーバーしただけで富豪が何万ユーロ払う」という仕組みではない。この境界を理解しないと、制度の面白さを誤解してしまう。

実際に5万8,310ユーロになった最高裁事件

日額罰金の大きさは交通違反だけの話でもない。

フィンランド最高裁が2023年に公表した事件では、ある人物が2015年、エストニアへ船で往復した際に必要な旅券を携帯していなかった。本人確認自体は運転免許証でできたが、国境に関する軽微な犯罪として問題になった。

この人物の平均純月収は70万ユーロと評価され、1日分の日額罰金は1万1,662ユーロになった。最終的に最高裁は行為の軽さやEU法との比例性を考慮して5日分とし、合計は5万8,310ユーロとなった。

この事件は同時に、所得連動なら何でも公平になるわけではないことも示している。所得が極端に高い場合、軽い行為でも金額が巨大になり、制裁が行為に対して本当に比例しているのかという別の問いが生まれる。

公平とは「同じ金額」なのか、「同じ痛み」なのか

日額罰金の面白さは、罰金の話を超えて「公平とは何か」を突きつけるところにある。

一つの考え方は、同じ違反なら全員が同じ金額を払うべきだ、というものだ。ルールが単純で、誰にでも同じ基準を適用しているように見える。

もう一つは、同じ金額では実際の負担が全く違うため、所得に応じて変えた方が実質的に公平だ、という考え方だ。

ただし後者にも問題はある。収入の把握が正確でなければならない。資産は多いが所得が少ない人をどう扱うか、急激に収入が変わった人をどうするか、極端な高額罰金は行為との比例性を失わないか。制度設計には次々と境界問題が出てくる。

「平等」と「公平」は、必ずしも同じではない。

日本で導入したら、罰金の見え方は変わる

もし日本で一部の罰金が所得連動になったら、同じ違反で会社員は数万円、非常に高所得の経営者は数十万円や数百万円ということも理論上はあり得る。

そのとき、多くの人は「不公平だ」と感じるだろうか。それとも「同じ金額の方が不公平だ」と考えるだろうか。

フィンランドの制度が示しているのは、罰金は単なる行政上の料金ではなく、人の行動を抑止するための制裁だという発想だ。金額を固定するか、負担感を近づけるかで、制度の目的そのものが変わって見える。

そしてこの考え方は罰金以外にもつながる。税、公共料金、大学授業料、交通料金など、「全員同じ」と「支払い能力に応じる」のどちらを公平とするかは、社会のあちこちに存在する。

フィンランドの日額罰金は、その大きな問いを最も分かりやすい形で見せてくれる制度の一つだ。

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