JUSTER MEDIA ARTICLE

2026年10月20日 · 約5分

サウジアラビア、15歳時の抗議活動で死刑の危機。「未成年の死刑制限」に残された例外

未成年者の死刑を制限すると発表した国で、少年時代の行為をめぐる死刑の危険が続く。制度の例外と国連の判断を追う。

0:000:00
Capture of a classic architectural building facade in Saudi Arabia with clear blue skies.

「15歳のときの行為」で死刑の危機にある男性

サウジアラビアで、一人の男性が死刑執行の危機に直面している。名前はユセフ・アルマナシフ(Youssef al-Manasif)。2026年10月16日の英紙ガーディアンは、彼が15〜17歳だったころの抗議活動や葬儀への参加などをめぐり、死刑判決が最高裁で維持されたと人権団体が報告している、と伝えた。10月17日にも別の人権団体が執行停止を求める声明を出している。現時点で「執行された」と確認されたわけではない。

なぜ葬儀が事件に関わるのか。彼が暮らしていた東部のカティーフでは、イスラム教シーア派の住民による権利要求の抗議が続いてきた。治安当局が死亡者の葬儀を政治的な集会とみなすことがあり、追悼する行為と抗議する行為の境界が争点になっている。ただし、政府が彼にかけた容疑は葬儀参加だけではなく、テロ組織への関与なども含む。見出しの印象だけで事件の全容を決めつけてはいけない。

逮捕は20歳。問われているのは、それより前の行為

米国の独立委員会USCIRFの個別記録によると、アルマナシフが逮捕されたのは2017年4月6日。当時は20歳だった。2022年10月、テロ関連事件を扱う特別刑事裁判所が死刑判決を下した。判決がいったん覆った時期もあったが、再び死刑が言い渡され、2025年にも判決を維持する判断が続いた。最新の報道では、さらに最高裁による確認が伝えられている。

ここで大切なのは「逮捕時の年齢」と「問題とされた行為の時点の年齢」を分けることだ。人権団体は、問題とされた行為の一部が15〜17歳の時期に起きたと主張する。一方、サウジ政府は国連への回答で、対象の5人は逮捕時だけでなく判決の対象となった犯罪の時点でも18歳を超えていたと述べている。年齢の認定そのものが、争いの一部になっている。

2020年、国は「子どもの死刑をなくす」と発表していた

さらに意外なのは、サウジアラビアが2020年に未成年者の死刑を制限する改革を発表していたことだ。2018年の少年法には、18歳未満で行った一定の犯罪について刑期の上限を10年とする仕組みがあり、2020年の勅令はそれを過去の事件にも適用できるようにした。改革の発表は、国際社会で前進として受け止められた。

しかし「18歳未満の行為なら、すべて死刑にならない」という意味ではなかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチの制度分析によると、裁量で刑を決めるタアジール(ta'zir)の事件には保護が及ぶ一方、報復刑に当たるキサース(qisas)や、特定の重い刑罰が定められるフドゥード(hudud)には例外が残る。テロ関連の訴追との関係も不透明だった。つまり、改革の看板だけを見ても、どの事件に実際に適用されるのかは分からない。

葬儀とテロ容疑を結ぶ法律の広さが問題になった

アルマナシフの事件は、単に法律に例外があるという話で終わらない。サウジ政府は、本人を含む5人について、テロ、暴力的攻撃、違法な武器の所持に関する証拠に基づき逮捕・起訴したと国連に説明した。容疑は平和的な意見表明とは関係がなく、公共の安全を脅かす行為だという立場だ。拷問の主張も否定し、自白は任意であり、裁判は適正だったと主張している。

これに対し人権団体は、抗議や葬儀への参加が国家安全保障上の犯罪として扱われ、拷問による自白や長期の弁護人不在があったと訴えている。ガーディアンによれば、本人が国選弁護士と初めて面会したのは逮捕から5年後の2022年だったという。政府と人権団体の説明は大きく食い違う。外部から独立して検証できる資料が限られるため、どちらの主張も出典を示して区別する必要がある。

国連はすでに「拘禁は恣意的」と判断していた

この事件のもう一つの重要な事実は、国連が2024年11月の段階ですでに判断を出していたことだ。国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」は、アルマナシフを含むシーア派の5人について、拘禁が恣意的だと結論づけ、釈放などの救済を求めた。単に活動家の声明があるだけではなく、政府からの反論も受け取った国連の正式な意見書が存在する。

作業部会は、政府の説明が法律の一般論に偏り、個々の逮捕や拘禁の具体的根拠を十分に示していないと指摘した。表現・集会の自由の行使、適正手続き、宗教的差別の懸念も検討している。一方、サウジ政府は逮捕の適法性、裁判所の独立性、宗教による差別がないことを主張した。国連の意見書は国内裁判の判決を自動的に取り消すものではない。そのため、国連が違反を指摘しても、本人の死刑判決が残るという状況が生まれている。

「改革済み」のはずなのに、執行例は続いている

これは一人だけの例外ではない。アムネスティ・インターナショナルによると、2025年8月には、18歳未満だった時期の行為を理由に死刑を言い渡されたジャラル・ラバドの刑が執行された。ヒューマン・ライツ・ウォッチは同年10月、同様に未成年時の抗議活動などをめぐり有罪となったアブドラ・アルデラジの執行を報告した。両者の事件はアルマナシフの事件とは別である。

サウジアラビア全体の死刑執行も増えている。アムネスティの集計では、2025年に少なくとも356人が処刑された。これは未成年時の行為による死刑だけの数ではなく、薬物犯罪などを含む全国の合計だ。数字を混ぜると問題の輪郭がぼやけるが、制度改革と実際の運用の間にある距離を考える材料にはなる。法律が変わったかどうかだけでなく、誰が保護の対象になり、誰が対象外とされるのかを見る必要がある。

国際法は「行為をした時点で18歳未満」を基準にする

国際法上の基準は比較的明確だ。子どもの権利条約は、18歳未満の者が行った犯罪について死刑を科すことを禁じている。サウジアラビアもこの条約の締約国である。ここで問われるのは、逮捕や裁判のときに成人だったかではなく、対象となる行為をしたときの年齢だ。国際人権団体がこの事件を強く問題視するのは、そのためでもある。

もちろん、暴力的な犯罪を捜査し、人々の安全を守ることは国家の責任だ。ただし、治安を守るという目的があっても、表現や集会の自由を不当に処罰してよいわけではない。まして、拷問の疑いを十分に調べず、弁護人に会えない状態で得られた供述を根拠に取り返しのつかない刑罰を科すことは、深刻な問題になる。国家が主張する治安上の必要性と、国際的な手続き保障の双方を検証する視点が欠かせない。

法律の「発表」ではなく、誰に適用されるかを見る

このニュースの入口は、15歳のころの抗議活動や葬儀が死刑事件につながったという衝撃的な事実だ。だが、読み進めると問題はさらに深くなる。未成年者の死刑を制限したと発表した制度には例外があり、国連が恣意的拘禁と判断した後も、国内での死刑の危険が消えていない。改革の存在と、改革が当事者を守ることは同じではない。

2026年10月18日時点で、アルマナシフの死刑が執行されたという確認はない。人権団体は停止を求め、政府は事件をテロ犯罪として扱う立場を維持してきた。今後は、本人の生存・執行状況、最高裁判断の公式な記録、国連の意見への対応を継続して確認する必要がある。私たちが法律や制度のニュースを読むときも、「何が約束されたか」だけでなく、「誰に、どの条件で、その約束が届くのか」を問うことが重要だ。

一覧を見る