「立ち直ったら家」ではなく、まず家を渡す。フィンランドのHousing First
断酒も就職も、家を得る条件にしない。約80%減らした制度が今、再び増加に直面している。

「立ち直ったら家をあげる」ではなく、「まず家をあげる」
ホームレス状態の人に支援をするとき、「まず依存症の治療をする」「仕事を探す」「生活を安定させる」。そして条件を満たせたら、ようやく自分の家に住める。そんな順番を想像しやすい。
フィンランドが国レベルで広げたHousing First※1は、その順番を逆にする。
最初に恒久的な住まいを提供し、その後で必要な医療、依存症支援、生活相談などを組み合わせる。ヘルシンキ市の説明では、住まいを得るために断酒している必要もない。支援サービスへの参加も、原則として本人の選択を尊重する。
考え方は、「家は立ち直った人へのご褒美」ではなく、「立ち直るための土台」だというものだ。住所がなく、毎晩寝る場所が変わる状態で治療や就職を続けるより、まず自分のドアと鍵がある生活を作る。そこから次の問題に取り組む。
フィンランドは、ホームレス状態を約80%減らした
この考え方は小さな実験で終わらなかった。
フィンランドでは2008年以降、政府の複数のプログラムを通じてHousing Firstがホームレス政策の中心になった。国、自治体、NPOが連携し、既存の大規模シェルターを恒久的な支援住宅へ転換したり、一般の住宅の中に支援付き住戸を確保したりしてきた。
フィンランドの公的機関Varkeによると、最初の全国調査が行われた1986年からホームレス状態は約80%減少した。2026年9月24日にアイルランドで開かれた会議でも、フィンランドの長期的な減少が紹介された。
重要なのは、単に「部屋を配った」わけではないことだ。手頃な公的・社会住宅、住宅手当、退去を防ぐ相談、医療・福祉サービスまで含む仕組みが背景にある。Housing Firstは鍵一本ではなく、住宅政策と福祉政策をつないだシステムだった。
なぜ、条件を付けない方がうまくいくのか
従来型の支援では、住まいに到達するまでにいくつもの段階がある。緊急シェルター、短期住宅、治療、生活訓練などを経て、「一人で暮らせる」と判断されて初めて普通の住宅へ進む。
しかし、途中でルールを守れなかったり、依存症が再発したりすると、振り出しに戻ることがある。
Housing Firstは「住居を維持できる能力を、住居なしで証明する」という矛盾を避ける。まず安定した住所、睡眠、プライバシー、安全を確保し、その状態で治療や生活再建に取り組む。
OECDによれば、フィンランドでは本人の必要に応じて、軽い支援付き住宅から24時間スタッフがいる住宅まで複数の選択肢がある。住居と治療を切り離し、必要な支援を後から重ねることがポイントだ。
「家を先に渡す方が高い」は、本当にそうなのか
直感的には、無条件で住宅を提供すれば公費が増えるように見える。
しかしホームレス状態そのものにも社会的コストがある。緊急宿泊、救急医療、依存症サービス、警察、司法、刑務所など、危機が起きるたびに別の公的サービスが使われる。
フィンランド環境省の過去の評価では、支援付き住宅によって一人あたり年間約1万5,000ユーロの公的費用が減った事例も報告された。すべての地域や人に同じ額が当てはまるわけではないが、「住宅にお金を使う」ことと「何もしない」ことの比較ではない点が重要だ。
住まいを提供しない場合にも、社会は別の場所で費用を払っている。Housing Firstは、その費用を危機対応から安定した生活の維持へ移す発想でもある。
ところが今、フィンランドのホームレス状態は再び増えている
ここで、この成功物語には大きな注意点がある。
フィンランドでは2024年にホームレス状態の単身者数が久しぶりに増加へ転じ、2025年には4,579人となった。前年より773人、20%の増加で、Y-Säätiöは記録上最大の増加だとしている。長期ホームレス状態も1,306人へ29%増えた。
ヘルシンキでも2025年末に979人がホームレス状態にあり、2019年の1,800人よりは大幅に少ないものの、直近では増加傾向にある。
自治体や支援団体が挙げる背景には、生活費や家賃の上昇、失業、社会保障の削減、住宅手当で払える家賃と実際の家賃のずれ、住宅建設の減少などがある。
これは「Housing Firstが失敗した」と単純に言える話ではない。むしろ、Housing Firstがあっても、手頃な住宅そのものが不足し、生活を支える制度が弱くなれば、新しく住まいを失う人を止めきれないことを示している。
家があっても、孤独までは消えない
もう一つの限界は、家を持つことと社会に戻ることが同じではない点だ。
European Economic and Social Committeeに掲載されたY-Säätiöの分析では、Housing Firstによって住居の安定やサービスへのアクセスは改善しても、孤独や社会的孤立が自動的になくなるわけではないと指摘されている。
一般住宅の中で暮らせば、周囲とのつながりが少なく孤立する人もいる。一方、支援住宅に人を集めすぎれば、その施設の中だけで人間関係が完結する「バブル」ができることもある。
家は必要条件だが、友人、仕事、地域とのつながり、役割、生きがいまで一緒に届くわけではない。
「まず家」は強力な出発点だが、その次に「その街でどう暮らすか」を支える必要がある。
社会課題を「本人が変わるまで待つ」のか、「環境を先に変える」のか
Housing Firstが面白いのは、ホームレス政策だけの話ではない。
私たちは社会課題を考えるとき、本人に先に変化を求めがちだ。「生活を整えたら支援する」「働けるようになったら助ける」「ルールを守れたら機会を与える」。
しかし、環境が不安定だからこそ、その変化が難しい場合もある。
Housing Firstはそこを逆転させる。先に環境を安定させ、その後で本人が変わる余地を作る。
フィンランドの経験は、この発想が大規模にも機能し得ることを示した。一方、2025年の急増は、成功した制度も住宅供給、社会保障、地域サービスと切り離せば維持できないことを示している。
「まず本人を変える」のか。「まず、その人が変われる環境を作る」のか。
Housing Firstは、その順番だけで社会政策の見え方を変える制度だ。
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