カップを「店」ではなく「街」に返す。リスボンが作った都市まるごとリユース網
エコなカップを作るだけでは、ごみは減らなかった。必要だったのは、どこでも返せる共通インフラだった。

リスボンでは、飲み終わったカップを「どの店に返すか」を覚えなくていい
マイボトルを持ち歩く。店ごとに専用カップを返す。環境にいいと分かっていても、面倒だと続かない。そこでポルトガルのリスボンが始めたのが、街そのものを一つの「カップ循環システム」にするCopoMaisだ。
参加するバーで飲み物を買うと、専用の再利用カップに50セントのデポジットを払う。飲み終えたら、買った店でなくても街中の返却機へ入れればいい。カードやスマホをタッチすると50セントが直接戻る。アプリ登録も会員登録もいらない。
回収されたカップは専門施設で洗浄・消毒され、再び店へ配送される。つまり「ごみ箱の代わりに返却機へ入れる」という一つの行動だけで、回収、洗浄、再配布まで裏側の仕組みが回る。
面白いのは、カップではなく「共通インフラ」を作ったこと
再利用カップ自体は珍しくない。難しいのは、その後だ。ある店で借りたカップを別の店で返せなければ、利用者は店ごとのルールを覚えなければならない。店側も回収、洗浄、在庫管理を自分で抱える。
CopoMaisはそこを共通化した。カップには個別のQRコードが付き、返却されるとデポジット価値が消える。返却機、決済、追跡、洗浄、物流を一つのシステムとして管理する。
これは公共交通に少し似ている。バス会社ごとに別の乗車券を買うより、共通ICカードがある方が使いやすい。リスボンが作ろうとしているのは「 reusable cup 」という商品より、再利用を当たり前にする都市インフラだ。
なぜ夜の街から始めたのか。毎晩約2万5,000個のカップが使われていた
リスボン市によると、Bairro Alto、Bica、Cais do Sodréなど夜間に人が集まる地区では、毎晩およそ2万5,000個の使い捨てカップが使われていた。
街は2024年から使い捨てプラスチックカップを禁止した。しかし禁止だけでは問題は解けなかった。「再利用可能」と書かれた丈夫なカップを使っても、回収する仕組みがなければ結局は路上に捨てられるからだ。
そこで自治体、飲食業界団体、回収技術会社が役割を分担した。店は飲み物を提供し、市は制度を整え、共通システムが回収と洗浄を担う。ルールだけでなく、ルールを守りやすくするインフラまで一緒に作ったのがポイントだ。
「善意」ではなく、50セントを返す設計にした
環境施策では「ご協力ください」と呼びかけることが多い。CopoMaisはそれだけに頼らない。
カップには50セントの価値が残っている。自分で買ったカップでなくても、路上で見つけたカップを返却すれば返金を受け取れる。つまり捨てられたカップを拾う人にもインセンティブがある。
さらに返金は現金ではなく、返却機にタッチしたカードやモバイルウォレットへ直接入る。専用アプリをダウンロードしてポイントを貯める方式ではない。
環境意識が高い人だけを対象にせず、「返した方が普通に得で簡単」という行動設計に変えている。
先行するデンマークでは、9割前後が戻ってきた
この仕組みには先行例がある。デンマークのオーフスでは2024年から都市型の再利用カップシステムを実験している。
欧州委員会が紹介する実績では、2024〜2025年に160万個を超えるカップが返却され、返却率は91%。現在も50以上の事業者が参加している。TOMRAの2026年時点の集計でも180万回以上の回収が報告され、個々のカップには40回以上循環したものもある。
ただ、最初から成功したわけではない。導入初期には利用者に新しい行動を覚えてもらう必要があり、店舗側にも使い捨ての方が安く簡単だという抵抗があった。
「再利用できる物を作る」より、「人が本当に返す仕組みを作る」方が難しい。
もちろん、再利用なら何でも環境にいいわけではない
洗浄には水とエネルギーが必要で、カップを回収・配送する車両も動く。再利用カップを数回使って捨ててしまえば、製造時の負荷を回収できない可能性もある。
だから返却率と利用回数が重要になる。オーフスの経験でも、返却場所が近いことが利用の大きな条件だった。さらに事業として長期的に公共補助なしで成立するかという課題も残る。
リスボンでも2026年夏時点でネットワークは拡大中だ。完成した制度ではなく、都市規模で「再利用を便利にできるか」を試している途中と見るべきだ。
日本でも必要なのは「エコなカップ」より、店をまたいで返せる仕組みかもしれない
日本にもイベント用リユースカップやマイボトルの取り組みはある。しかし、日常の街中で「A店で借りてB地点で返し、すぐ返金される」共通インフラはまだ一般的ではない。
もし天神や渋谷のカフェ、屋台、イベント会場が同じカップと返却網を使えたらどうなるだろう。利用者は店ごとのルールを覚えなくていい。飲食店も一店ずつ洗浄設備を持つ必要がない。
社会課題を解く商品というと、すごい素材や新技術を想像しがちだ。しかしCopoMaisの面白さは、カップそのものより「返す場所」「お金が戻る仕組み」「洗う人」「運ぶ人」をつないだことにある。
人に正しい行動をお願いするより、正しい行動が一番ラクになるよう街を設計する。その方が、社会は変わりやすいのかもしれない。
おすすめの記事
一覧を見る
ARTICLE · 約5分
アルメニア、自然のDNAを使う企業の基金に集まったのは7,085ドル
生き物を持ち帰らなくても、DNAの情報で研究や製品開発ができる。自然への利益還元を目指す基金が、なぜほとんど空のままなのか。

ARTICLE · 約5分
イエメン、水道を止めるのは「水不足」だけではない
水をくむポンプには燃料がいる。治療食には運ぶ道路がいる。イエメン・タイズで同時に弱っている生活の仕組みを追う。

ARTICLE · 約5分
サウジアラビア、15歳時の抗議活動で死刑の危機。「未成年の死刑制限」に残された例外
未成年者の死刑を制限すると発表した国で、少年時代の行為をめぐる死刑の危険が続く。制度の例外と国連の判断を追う。

