JUSTER MEDIA ARTICLE

2026年10月8日 · 約5分

モンゴルの草原を削るのは、寒さだけじゃない

砂漠化と気候変動に苦しむモンゴルの遊牧民。ところが草原を弱らせた背景をたどると、1990年代の市場経済化と、世界で売れる「カシミヤ」に行き着く。自然災害に見える問題の中に、私たちの服とつながる市場の仕組みがある。

0:000:00
A serene scene of a herder with horses on the vast Mongolian steppe under a blue sky.

砂漠化と気候変動に苦しむモンゴルの遊牧民。ところが草原を弱らせた背景をたどると、1990年代の市場経済化と、世界で売れる「カシミヤ」に行き着く。自然災害に見える問題の中に、私たちの服とつながる市場の仕組みがある。

冬が来ると、家畜が何百万頭も死ぬ

モンゴルの草原で冬を越すことは、もともと簡単ではない。雪や氷が地面を覆い、家畜が草を食べられなくなる「ゾド(dzud)」が起きれば、羊やヤギは寒さだけでなく飢えでも死ぬ。

2023〜24年のゾドでは、最終的に800万頭を超える家畜が失われた。国連は一時、20万人以上が支援を必要とすると見積もった。家畜は遊牧民にとって商品ではなく、収入、食料、貯蓄を兼ねる生活そのものだ。

だからこの問題を聞けば、「気候変動で冬が厳しくなり、遊牧が続けられなくなっている」と考えたくなる。それは間違いではない。

ただ、モンゴルの草原を弱くしている原因は、空から降ってくる雪だけではない。

モンゴルの国土の82%で、砂漠化・土地劣化が進む

2026年、モンゴル政府関係者は国土の約82%が砂漠化や土地劣化の影響を受けていると説明した。乾燥、気温上昇、降水の変化は、広大な草原の回復力を落としている。

草が少なければ、夏に家畜を十分太らせられない。弱った家畜は、次の厳しい冬を生き残りにくい。気候変動とゾドは一本の線でつながっている。

しかし草が減る理由には、人間側の変化もある。UNDPは、過放牧と気候変動の両方が土地劣化を進めていると指摘してきた。

では、なぜ遊牧の国で「家畜が多すぎる」という状態が生まれたのか。

1990年代、市場経済化で家畜の増やし方が変わった

社会主義時代のモンゴルでは、多くの家畜が国家や協同組合の管理下にあり、家畜数は長い間おおむね一定の範囲に収まっていた。

1990年代に市場経済へ移行すると、家畜は私有化された。遊牧民は自分の家畜を持ち、売り、収入を得るようになる。それ自体は、人々に経済的な自由を与える変化だった。

同時に、草原は共有資源の性格を強く残した。モンゴル政府がUNFCCCへ提出した報告書は、放牧地への自由なアクセスが、放牧を調整するうえで障壁になっていると説明している。

一つの家族にとって家畜を増やすことは合理的でも、みんなが同じ選択をすれば、同じ草原にかかる負担は増える。

そして世界は、モンゴルのヤギの毛を欲しがった

ここでカシミヤが登場する。

カシミヤはヤギの細く柔らかな毛からつくられる。高く売れるため、遊牧民にとって重要な現金収入になる。世界的な需要が伸びると、モンゴルではヤギを増やす経済的な理由が強くなった。

1990年には家畜全体の約18%だったヤギは、2025年には約40%を占めるまでになった。かつて羊3頭に対してヤギ1頭ほどだった構成は、今では羊とヤギがほぼ1対1だ。

ところがヤギは、草原への負荷が比較的大きい。UNDPは、ヤギが草を根に近い部分まで食べるため、植生が再生しにくくなると説明している。

「気候変動で草原が消えている」という話の中に、世界の衣料市場と遊牧民の収入の選択が入り込んでいる。

家畜を増やすほど、次の災害に弱くなることがある

遊牧民が家畜を増やすのは、環境を壊したいからではない。家畜は家計の資産であり、肉や乳を生み、ヤギならカシミヤを売れる。厳しい冬で大量に失う可能性があるからこそ、頭数を持つことは生活防衛にも見える。

ところが草原全体では逆のことが起きる。家畜が土地の許容量を超えれば、一頭あたりが食べられる草は減る。UNDPが紹介したザブハン県のトソンツェンゲルでは、家畜数が土地の持続可能な収容力を8倍以上上回る地域もある。

草が足りず家畜の体が小さくなれば、肉の価値も下がり、ゾドへの耐性も弱くなる。

つまり「災害に備えて資産である家畜を多く持つ」という個人には合理的な行動が、地域全体では草原を弱らせ、次の災害への脆弱性を高めることがある。これが二つ目の意外さだ。

2026年、新しい対策は「もっと家畜を増やす」ではない

10月6日、IFADなどはモンゴルで4,000以上の遊牧世帯を対象にした新しい気候適応プロジェクトを始めた。水源、洪水に強い加工施設、早期警戒、牧草地管理などを組み合わせる。

重要なのは、単に死んだ家畜を補充する発想ではないことだ。

別のUNDP事業では、家畜の数を土地の収容力に合わせる管理を導入した遊牧民グループが、2023年に家畜数を23.4%減らした例もある。「たくさん飼う」から、「少なくても健康で価値の高い家畜を育てる」方向への転換だ。

ただし、頭数を減らせば自動的に暮らしが良くなるわけではない。少ない家畜でも十分な収入を得られる価格、加工、保険、市場へのアクセスがなければ、遊牧民にだけ負担を押しつけることになる。

一枚のカシミヤから、草原の仕組みが見えてくる

モンゴルの砂漠化を「気候変動の被害」とだけ呼ぶと、重要な部分が消える。

もちろん、気温上昇や干ばつ、極端な冬は大きな原因だ。一方で、社会主義から市場経済への移行、家畜の私有化、共有草地の管理、世界的なカシミヤ需要、遊牧民の生活防衛が重なり、草原への圧力を強めてきた。

しかも遊牧民だけを責めることもできない。世界市場が高く買うものを生産し、家族を守るために家畜を増やす。それぞれの判断には理由がある。

日本でカシミヤのセーターを見るとき、その値札にはモンゴルの草原の状態までは書かれていない。

環境問題は、ときどき「自然」と「人間」の対立ではない。遠く離れた消費者、市場、制度、そして現地で暮らす人の合理的な選択が、同じ草原の上でつながっている。

一覧を見る