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2026年9月22日 · 約5分

怒らせても、希望を持たせても、実際の「寄付」はほとんど増えなかった

「感動させれば人は動く」は本当か。2,039人に本物のお金と時間を使わせた実験は、予想外の答えを出した。

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気候問題の映像を見ながら寄付や行動を考える若い人

怒らせても、希望を持たせても、寄付はほとんど増えなかった

社会課題を伝えるとき、私たちは感情を動かそうとする。被害を見せて「かわいそう」と思ってもらう。理不尽さを見せて怒ってもらう。成功例を見せて「まだ間に合う」と希望を持ってもらう。NPOの寄付募集や環境キャンペーンでは、ごく自然な発想だ。

ところが2026年9月、ノルウェー科学技術大学(NTNU)が紹介した研究は、その前提にかなり厳しい結果を突きつけた。査読付き学術誌Scientific Reportsに掲載された事前登録研究で、ポーランド1,029人、ノルウェー1,010人、計2,039人に、気候変動への「怒り」「思いやり」「希望」を引き起こす短い物語、または中立的な物語を読んでもらった。

その後、参加者は言葉で「行動したい」と答えるだけではなく、自分に渡されたお金を実際に環境団体へ寄付するか、さらに退屈な作業をして研究者側から寄付を発生させるかを選んだ。研究者の予想に反し、感情を刺激したグループは、中立的な文章を読んだグループより寄付も作業量も増えなかった。怒り、思いやり、希望。どれも実際の行動を有意に押し上げなかった。

なぜ驚きなのか。過去研究では「感情と行動」はかなり結びついていた

この結果が面白いのは、「感情なんて意味がない」という話ではないからだ。これまでの研究では、気候への不安、心配、罪悪感、希望などと、環境に良い行動をしたいという意図の間には関連が繰り返し報告されてきた。

2026年9月にFrontiers in Climateで公開された系統的レビュー・メタ分析は、253研究を整理し、そのうち56研究を統計的に統合した。気候不安は環境行動への意図とr=0.25、気候への心配はr=0.48、罪悪感はr=0.21の正の関連を示した。希望や共感も、程度は異なるが行動意図と結びついていた。

つまり「強く感じている人ほど、行動したいと言う」というパターン自体は珍しくない。問題は、その「したい」が本当に財布や時間を動かすのかだ。今回のScientific Reports研究は、そこを実際のお金と実際の面倒な作業で試した。すると、感情を動かすことと、行動を動かすことの間に、想像以上に大きな隙間があった。

研究者は「気持ち」ではなく、本物のお金と面倒な作業を測った

研究で使われた二つの行動課題が重要だ。一つは寄付。参加者には実際のお金が渡され、その一部を環境団体へ寄付できた。仮想の質問で「お金があったら寄付しますか」と聞くのとは違い、寄付すれば自分の取り分が減る。

もう一つはWork for Environmental Protection Task(WEPT)という努力課題だ。参加者は単調なパターン探索作業をこなし、作業量に応じて研究者側から環境保護への寄付を増やせた。こちらでは財布ではなく、自分の時間と集中力を差し出す必要がある。

論文がこの設計を重視した背景には、環境心理学の測定上の問題がある。論文が引用する過去レビューでは、2015〜16年のJournal of Environmental Psychology掲載研究の約80%が、自己申告の行動、意図、態度だけに依存していた。また論文は、実際の寄付額が仮想の寄付額より平均27%低いという先行研究も紹介している。「私は行動する人です」と答えることと、実際に何かを失って行動することは同じではない。

感情が弱かったから失敗した、だけでもない

もちろん、短い文章で起こした感情が弱すぎた可能性はある。研究者自身も、より自然で没入感のある刺激、長期間の介入、感情が生じた瞬間に近い行動測定などを今後の課題として挙げている。

また、寄付と単純作業が「気候行動のすべて」を代表するわけではない。怒りなら企業や政治家への抗議、思いやりなら被災者支援、希望なら技術や政策への参加など、感情によって自然な行動先が違う可能性もある。怒りを感じた人に「寄付してください」と頼むことが、感情と行動の組み合わせとして最適とは限らない。

それでも研究は重要な反証を示した。感情的なメッセージを見せれば、その直後に測れる環境行動が自動的に増える、とは言えなかった。広告やNPOの世界では、感動した、共感した、シェアした、という反応を成果として見やすい。しかし最終的に欲しいのが寄付、参加、投票、継続行動なら、「感情が動いた」ことを「行動が動いた」ことの代わりに測ってはいけない。

10代の研究でも、「つらいほど行動する」という単純な式ではなかった

この複雑さは大人だけではない。2026年8月のClimatic Change論文は、青年の気候感情と行動・心理的負担を調べ、異なるプロフィールに分けた。

「気候レジリエント」とされたグループは、気候変動への悲しみや怒りが強く、無関心が低かった。一方、「気候脆弱」なグループは、より強い不安を感じていた。「気候離脱」グループは無関心が強く、不安、悲しみ、怒りが弱かった。

ここから見えるのは、ネガティブな感情をなくせば良いわけでも、強くすれば行動するわけでもないということだ。不安は行動意図と関連する一方、メタ分析ではメンタルヘルスの悪化とも関連している。怒りや悲しみがありながら機能的に行動できる人もいれば、感情に圧倒される人もいる。社会課題コミュニケーションで「もっと危機感を持って」と感情だけを強めることには、限界だけでなく副作用の可能性もある。

では、NPOは「感動させる」のをやめるべきなのか

そう単純でもない。感情は、人が問題を理解し、注意を向け、記憶し、価値判断をするうえで重要だ。今回の研究も「怒りや希望は無意味」と証明したわけではない。短い感情刺激だけでは、二つの具体的な行動課題を増やせなかったという結果だ。

NTNUの記事では、寄付先となったWWF Norwayの担当者も、実際のファンドレイジングで怒り、思いやり、希望を使っていると説明する。同団体では月額寄付者が平均5〜6年支援を続けるという。現実の寄付は、一回の感情だけではなく、団体への信頼、テーマとの距離、金額、過去の関係、周囲の規範、手続きの簡単さなど多くの要素で決まる。

研究者自身も、家庭の省エネ介入では実際の電力消費は減ったのに、人々の心理的な意識はほとんど変わらなかった別研究を紹介している。人は「強く思ったから行動する」だけではない。逆に、仕組みや環境が変われば、本人の意識が大きく変わらなくても行動が変わることがある。

社会を動かしたいなら、「気持ち」より「次の一歩」を設計する

この研究をNPOや社会活動に引きつけると、かなり実践的な問いが残る。

「この投稿を見てどう感じたか」ではなく、「その直後に何ができるか」。寄付ボタンは一つで押せるか。ボランティアは日時と場所が分かるか。初参加の心理的なハードルは低いか。友人と一緒に参加できるか。行動した結果が返ってくるか。次回も続けやすいか。

感情は入口になっても、入口の先に道がなければ人は動けない。そして社会課題を伝える側にも測定の問題がある。再生数、いいね、共感コメント、アンケートでの「参加したい」は簡単に取れる。しかし、本当に変えたいのが寄付、参加、投票、継続、消費行動なら、その行動まで追わなければコミュニケーションの効果は分からない。

怒らせる。泣かせる。希望を見せる。それだけでは、人はほとんど動かなかった。社会を動かすコンテンツに必要なのは、感情の強さだけではない。感情が生まれた次の数秒に、何を、どれだけ簡単に、どんな意味を感じながらできるか。その「行動の設計」までが、メッセージの一部なのかもしれない。

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