図書館で借りるのは、本だけじゃない。英国では「ドリル」や「高圧洗浄機」まで借りられる。
必要なのは年に一度。でも買えば家にずっと残る。英国で広がる「Library of Things」は、道具を所有する前提そのものを変えようとしている。

必要なのは年に一度。でも買えば家にずっと残る。英国で広がる「Library of Things」は、道具を所有する前提そのものを変えようとしている。
「高圧洗浄機、買わずに図書館で借りる」という選択肢
図書館で借りるもの、と聞けば普通は本を思い浮かべる。
ところが英国では、棚に並ぶのが電動ドリル、高圧洗浄機、ミシン、カーペットクリーナー、ガーデニング用品、キャンプ道具、製菓器具――という「図書館」が広がっている。
名前はLibrary of Things。直訳すれば「モノの図書館」だ。
2026年7月には英国ダービーのChellaston Libraryにも新しい拠点が開いた。住民はオンラインで必要な道具を予約し、図書館で受け取り、使い終えたら掃除して返す。運営するのは地域の非営利組織とボランティアだ。
ロンドンではさらに仕組み化が進んでいる。Barbican Libraryにはセルフサービスのロッカーがあり、オンライン予約した道具を同じ日に受け取れる。City of London Corporationによれば、ドリルだけでなく音響機器、ミシン、カーペットクリーナーなども対象だ。
発想は驚くほど単純だ。
「本は一冊を何人も読むのに、なぜ年に数回しか使わないドリルは一人一台買うのか?」
Library of Thingsは、環境問題を「我慢して買わない」ではなく、「必要なときだけアクセスできるようにする」という便利さの問題に変えている。
環境活動なのに、入口は「エコ」ではなく「便利で安い」
この仕組みが面白いのは、利用者に強い環境意識を要求しないことだ。
たとえば高圧洗浄機を一度だけ使いたい。新品を買えばお金がかかり、使用後は収納場所も必要になる。借りれば、その日だけ使って返せる。
ロンドンのLibrary of Thingsは自治体や地域組織と組み、生活圏の図書館や公共施設に受け取り拠点を置く。つまり「シェアリング専用の遠い施設」へ行くのではなく、すでに住民が知っている場所に借りる仕組みを埋め込んだ。
City of Londonの拠点では、必要な人が理由を説明せずに使える25%の割引制度もある。
運営側の2024/25年インパクトレポートでは、ロンドンのネットワークは22拠点に広がり、3万4,000人以上が参加。6万400点以上がシェアされ、利用者の節約額は累計860万ポンドと報告されている。
さらに回答者の48.8%は、Library of Thingsを使うようになってから「全体として買う物が減り、レンタルや中古を選びやすくなった」と答えた。
ここに制度設計のポイントがある。
「環境のために消費行動を変えてください」と説得するのではなく、借りる方を安く、近く、簡単にする。すると結果として新品購入が減る。
行動変容を、正しさではなく便利さから起こそうとしている。
一つの道具を何人も使えば、「作る量」そのものを減らせる
リサイクルは、使い終わった物をどう処理するかという発想だ。
Library of Thingsは、その一段前を狙う。
そもそも一人ひとりが新品を買わなければ、製造に使う資源やエネルギー、包装、輸送、廃棄物を減らせる可能性がある。これは循環経済でいう「リユース」や共有に近い。
Library of Thingsのロンドン向けインパクトレポートは、423トン分の電気製品を再利用に回したと報告している。City of Londonの2026年7月更新ページでは、ロンドンの利用者が合計650万ポンドを節約し、約300トンの廃棄物を埋立てから回避したとしている。集計時点や対象範囲が異なるため数字を単純比較はできないが、共有型の仕組みが実際の利用規模を持ち始めていることは分かる。
地方でも実験は続く。Reading Library of Thingsが2026年8月に公表した直近12か月のレポートでは、1,049件を貸し出し、そのうち少なくとも25%は「借りなければ購入していた」と推計した。利用者の推定節約額は約5万5,699ポンドだった。
大事なのは、「借りた回数=そのまま環境負荷削減」ではないことだ。
もともと買う予定がなかった人が借りただけなら、新品一個の製造を防いだとは言えない。環境効果の計算には仮定が入り、Reading自身も推計方法の限界を明記している。
それでも、購入を実際に置き換える貸し出しが一定割合あるなら、「一家庭一台」という消費の形を変える余地はある。
でも、何でも共有すればうまくいくわけではない
「それなら、街中の物を全部シェアすればいい」と考えたくなる。
実際はそう単純ではない。
2023年のCHIで発表されたLibraries of Thingsに関する研究は、3か国でこうした施設を運営する23人に聞き取りを行った。そこで見えた課題は、モノを貸すこと特有の面倒さだった。
本と違って、ドリルやミシンは全部形が違う。壊れる。部品がなくなる。返却時に状態を確認する必要がある。初めて使う人には安全な使い方を教えなければならない場合もある。何を置けば本当に借りられるのか、地域ごとに試行錯誤も必要になる。
Readingの2026年レポートも、運営コストが収入を年間約2,000ポンド上回っており、自立運営には会員を増やす必要があるとしている。新拠点を開くにはボランティアも必要だ。
つまり、共有は「物を棚に置けば完成」ではない。
予約システム、修理、保険、点検、清掃、利用者サポート、受け渡し場所。そして、それらを担う人が必要になる。
所有には「買うコスト」がある。一方、共有には「調整するコスト」がある。
Library of Thingsが興味深いのは、その調整コストをロッカー、オンライン予約、既存の図書館、地域ボランティアなどを組み合わせて下げようとしているところだ。
日本でも「買うか、諦めるか」の間をつくれるか
日本にも工具レンタルやシェアサービスはある。だがLibrary of Thingsの特徴は、単なるレンタル店ではなく、公共施設や地域コミュニティの中に「共有すること」を日常の選択肢として置いている点にある。
考えてみれば、家には「ほとんど使わないのに場所を取っている物」がかなりある。
電動ドリル。脚立。キャンプ用品。大きな鍋。プロジェクター。高圧洗浄機。ミシン。工具セット。
これらを全員が所有する必要はあるのだろうか。
もちろん、頻繁に使う人は買った方が便利だ。衛生、安全、破損責任の問題から共有に向かない物もある。人口密度が低く、受け取り場所まで遠ければ、借りるメリットも薄れる。
だから「所有をなくす」のが答えではない。
面白いのは、これまで「買う」しかなかった場面に「近所で借りる」という第三の選択肢をインフラとして加えることだ。
図書館という仕組みは何百年も前から、「知識は一人ずつ買わなくても共有できる」と証明してきた。
次に共有されるのは、本ではなく、私たちの家の押し入れを埋めている物なのかもしれない。
世界は、そんなに単純じゃない。
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