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2026年10月10日 · 約5分

ペルー、保険が広がっても医療が届かない理由

医療保険の加入率は9割を超える。それでも、体調を崩した人が医療機関ではなく薬局へ向かうことがある。調べると、問題は病院の数だけではない。保険制度の分断と、『無料のはずの医療』を自分で買う仕組みが見えてきた。

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A medical professional writing a prescription in a clinical setting.

医療保険の加入率は9割を超える。それでも、体調を崩した人が医療機関ではなく薬局へ向かうことがある。調べると、問題は病院の数だけではない。保険制度の分断と、『無料のはずの医療』を自分で買う仕組みが見えてきた。

保険証があっても、薬局へ向かう

体調を崩したとき、財布に医療保険のカードがあれば安心だろうか。病院で診てもらい、必要な薬を受け取る。多くの人は、保険に入ることをその入口だと考える。ところが南米ペルーでは、保険に入っている人が多いのに、医療を必要とした人が診療所にたどり着くとは限らない。

2026年の政府統計では、国民の9割以上が何らかの医療保険に加入していた。一方、健康上の問題を報告した人のうち、相談先を訪れた割合は4割ほど。相談先としては、保健省の施設よりも薬局・ドラッグストアが多かった。

なぜ、保険を持つことと、医師に診てもらえることの間に、こんな距離が生まれるのだろう。答えを追うと、「保険が足りない」という説明では見落とす制度の構造に行き着く。

加入率93.5%、それでも受診先は薬局が目立つ

ペルーの国家統計情報院(INEI)が2026年第1四半期の家計調査で示した医療保険加入率は93.5%。2019年同期の76.6%から大きく上昇した。保険に入るという点では、明確な前進があった。

ところが同じ調査で、何らかの健康問題を報告した人のうち、診療や相談のためにどこかへ行った割合は39.8%だった。行き先別では薬局・ドラッグストアが15.7%、保健省系の医療施設が12.3%、社会保険EsSaludの施設が5.7%だった。これは健康問題を報告した人全体を分母にした数字で、医療機関を利用した人の内訳ではない。

もちろん、軽い不調なら休んで様子を見る人もいる。「行かなかった6割が全員、必要な治療を拒まれた」とは言えない。それでも、薬局が大きな相談先になっていることと、保険加入率ほど医療施設の利用が広がっていないことは、見逃せない。

『ほぼ全員が保険に加入』という数字は本当か

実は、もっと大きな数字もある。国際労働機関(ILO)が2026年1月に公表した研究では、行政記録に基づく2024年の保険加入率は99.7%だった。なぜ政府の2026年家計調査では93.5%なのだろう。

矛盾ではない。前者は制度の登録情報、後者は調査で本人が加入を報告した割合だ。年も測り方も違うので、数字を並べて「加入者が急減した」と読むことはできない。むしろ、どちらも保険が社会の広い範囲に届いたことを示している。

2026年9月公表のOECD・米州開発銀行・世界銀行の報告書も、ペルーの医療アクセスの不足を指摘した。報告書が引用するPAHOの過去の推計では、必要な医療を求めなかった人の割合が73%とされる。ただしこれは2026年の新規調査値ではなく、先ほどのINEIの39.8%とも定義が異なる。大事なのは、一つの数字で国民全体を決めつけないことだ。

同じ『保険あり』でも、入れる医療の世界が違う

ペルーの医療保険は、国民全員が同じ病院と給付を共有する一枚岩の制度ではない。貧困層や自営業者などを主に支える公的保険SISと、正規雇用者を中心とする社会保険EsSaludなどに分かれている。OECDの2026年報告書が紹介する2023年の内訳では、SISが人口の約62%、EsSaludが約26%をカバーしていた。

どちらも『保険に入っている』と数えられる。しかし、使える医療施設や専門治療へのアクセス、費用負担の条件は同じではない。OECDは、EsSaludの方が幅広い専門・入院治療を利用できる一方、SISには高額医療の給付上限が歴史的に存在し、施設や医療従事者の不足も重なってきたと指摘する。

つまり、加入率という一つの数字は、制度の入口を数えている。病気になった後にどこで何を受けられるかまでは、教えてくれない。

第二の驚きは、『無料の医療』を自腹で買うこと

もっと意外なのは、保険でカバーされるはずの医療が、現場で受けられない場合があることだ。たとえば制度上は対象の診療や薬でも、指定施設に薬や設備がなければ、患者は別の場所でお金を払って手に入れることになる。

OECDの2026年報告書は、SIS加入者の自己負担が増えた背景として、給付対象のサービスがSISの施設では利用できず、患者が直接支払ったことを挙げる。ILOによれば、2024年のペルーの医療支出の27%は家計の自己負担だった。これは患者の27%が自腹で払ったという意味ではなく、国全体の医療費の構成比だ。

保険がないから払うのではない。保険があっても、受け取るはずの医療がその場になければ払う。制度上の『無料』と、家計にとっての『無料』が食い違う。ここに、加入率だけでは見えないもう一つの問題がある。

診療所はあっても、医師がいるとは限らない

病院の建物を増やせば解決するのか。そこにも落とし穴がある。OECDの2025年のペルー医療制度レビューによると、2024年の一次医療施設8,820か所のうち、約36%は最も基礎的なI-1区分だった。I-1は医師以外の医療専門職が中心となる施設で、診療機能は限られる。

地方では偏りがさらに大きい。アマソナス県では一次医療施設の68%、ワンカベリカ県では63%がI-1だった。薬、機器、救急車が足りないため、初期医療で対応できるはずの患者まで病院へ直接向かうことがある。紹介・逆紹介の連携も弱いとOECDは指摘する。

『近くに医療施設がある』と『必要な検査や治療を受けられる』は違う。施設の看板ではなく、そこに誰がいて、何ができて、次の病院へどうつながるかが重要になる。

ペルー政府も、加入の次の課題に動き始めている

ペルーは医療保障を何もしてこなかったわけではない。2009年の国民皆保険に向けた法制度から加入対象を広げ、貧困層向けSISを拡大してきた。政府の基本給付計画PEASは、診療や検査、治療などの対象を明文化している。

現在は、高額な病気の費用を支えるFISSALの強化、必要な医薬品を施設に届ける供給網の改善、一次医療の機能向上、遠隔医療なども課題になっている。2026年のOECD報告書は、保険の普及そのものを否定しているのではない。むしろ、加入拡大という成果の次に、実際に受けられる医療の質と公平さを測る必要があると訴える。

ただし、制度を統合すれば直ちに解決するとも限らない。地方の医療従事者不足、移動時間、薬の調達、財源の問題は残る。改革の成果は、発表された計画ではなく、患者が必要な日に必要な治療を受けられたかで判断すべきだ。

『加入できた』の先まで数えられるか

ペルーの事例は、支援制度の成功を何で測るのかという問いを残す。保険に加入した人の数は分かりやすい。行政にとっても、目標を設定し、成果を報告しやすい指標だ。

でも、病気になった人が予約できたか。診療所に医師がいたか。必要な薬を受け取れたか。保険の対象なのに自腹で買わずに済んだか。そうした数字を重ねなければ、制度の実力は見えない。

これは日本の医療や福祉にも通じる。制度を用意したことと、困った人が実際に使えたことは同じではない。ペルーで問われているのは、保険をさらに広げるかだけではなく、保険という約束を、患者の手元に届く医療へ変えられるかなのだ。

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